~西日本豪雨から8年①~
- のむら NEO
- 7月13日
- 読了時間: 2分
こんにちは。大阪大学2回生のさなです。
2018年7月に起きた西日本豪雨から8年の歳月が流れた今も、被災した地域の記憶と教訓はそこに生きる人々の中に深く刻まれています。
今回は、甚大な浸水被害に見舞われた野村町で当時から地域を支え続けている、野村在住で、西予市野村支所地域生活課職員の方にお話を伺いました。当時の緊迫した状況、その中で直面した「辛かったこと」、そしてその苦しい経験から生まれた防災意識の変化などについてお話しいただきました。
このお話は、メルマガでも紹介しています。
<西日本豪雨当時の状況について>
・当時の状況
西予市の職員には広く様々な場所に職場があります。2018年にちょうど地域を盛り上げるという係で野村支所に帰ってきました。当時は野村の総務課というところに所属しており、帰ってきたばかりの年の7月7日に災害が発生しました。
・当日の具体的な状況
雨は数日前から降り続けていました。その前日の夜にちょうどサッカーのワールドカップの試合を家で見ていたのを覚えています。7日の早朝午前3時に呼び出され、支所に向かいました。その時の雨はバケツをひっくり返したような、水道の蛇口が上空にたくさんあるのではないかというほどの尋常でない降り方でした。
ダムから大量の水を放流するという話を聞きました。ダムから1秒間に2000トンもの水を流すという前代未聞の放流の連絡でした。詳しく調べると1秒間に1000トン流したら今近くに流れている川は溢れてしまう可能性があるということがわかりました。2000トンとなれば絶対に溢れてしまうことが予想されました。
・放流への対応と避難誘導
水が溢れ、住宅街に流れ込んでしまう可能性が高かったので、住民たちを避難させる必要がありました。消防団員の方々が朝、少し明るくなった頃に水に浸かってしまうであろう地区の全戸を一軒一軒回って避難を呼びかけました。
支所から見ていると、時間が経つにつれ野村の街並みがじわじわと浸水していき気がついたら湖のようになっていたのを覚えています。


コメント